否定の「いいえ」を言うことが少ない日本人の感覚を考える

日本語を教えていると、改めて自分たちが使っている言葉が「あれれ? やっぱり英語と違う」と気づきます。

たとえば、日本人の「いいえ」。
「お寿司が好きですか?」とあまり良く知らないひとに訊かれて「いいえ、嫌いです」とハッキリ答えるひとはあまりいません。

 

「〇〇ですか?〇〇はちょっと…」という表現

 

「〇〇が好きです」という表現は、日本語初級者が必ず習いますが、ここに否定の表現が入ると皆最初はとまどいます。教えはしますが、「いいえ」と最初に否定の言葉を使うことが日本ではまずないからです。

「寿司がお好きですか?」と訊かれたら、「ああ、お寿司ですか?…寿司はちょっと…」と語尾を濁しますよね。
英語人にとってはこの「ちょっと…」がわかりづらいのです。「ちょっとのあとはなんだよ、好きなのか嫌いなのか」ということでしょうか。

濁すことで、その場でそう言ったひとの「雰囲気」が言外の「嫌い」を表現しているとわかるのです。これは第二言語として日本語を習うひとたちには非常に難しい。
西洋人に比べると表情に乏しい日本人の「言外の雰囲気」をなんとか読まなければなりませんから。

好き、だけではありません。

たとえば海老。アレルギーのひとが多い甲殻類です。これが入っているとアレルギー反応を起こすこともある、危険な食材なのです。このとき「海老が食べられますか?」と誰かが訊いたら、そのアレルギーのあるひとはどう答えるでしょう。

英語だったら「NO」が最初に来ます。そのあとに「海老のアレルギーがあるので」と来ます。

日本語だと、「ああ、あの、実は食べられないんですよね。海老のアレルギーがありまして」などと答えるのではないでしょうか。と言うより、わたしの友達が実際このように答えていました。
彼女の答えには「いいえ」が入っていません。

ただし、この場合は「自分には不可能なこと、自分ではどうにもできない不可抗力のこと」などに値しますので、「いいえ」と答えるひともいることを付け加えておきます。

 

「いいえ」と答えられるのは謙遜しているとき

 

日本語には、それでも必ず「いいえ」と答える場合があります。

ひとつは「謙遜」です。
「テニスがお上手ですね」と訊かれて、「はい、得意ですよ」とは答えません。「いいえ、まだまだです」が普通の答えですよね。「髪がきれいですね」「いいえ、そんなことないです」なども。

つまり何かを褒められると、必ず「謙遜」しなければならないのです。自分の長所をひとに認められて「そうでしょうそうでしょう」などと答えたら、不遜なヤツだと敬遠されてしまいます。

こういう場合にも、英語や他言語が第一言語のひととの誤解が生まれます。

実際にあったことですが、わたしの友達がオーストラリア人の男性と結婚してご両親がオーストラリアに遊びに来ました。そのときに、彼が自分の新妻のことを「XXさんはビューティフル」と言ったときの彼女のお父様の答え。「いいえ!いいえ!ノービューティフル!アグリーです!」。Uglyは「醜い」という意味です。

自分の娘について「謙遜」したわけですが、これはオーストラリア人には理解できません。自分の妻を、そして彼女をかわいいと思っているはずの父親がけなした、という意味にとられてしまいます。ムッとした彼に日本人の新妻があわてて文化的解釈をしてあげたのはもちろんです。

 

「いいえ」と答えなければならない相手の自己否定

 

もうひとつ、「いいえ」と答えたほうがいいのは相手が自分のことを否定しているときです。

たとえば「わたしって本当にダメなの。XXXもしちゃったし、△△△もしちゃったし」と言っている相手には、最初にその自己否定を「否定」しなければなりません。「いいえ、そんなことない!」と。

または、不可避の事情などで「XXXをしてしまい、大変申し訳ありませんでした」に、「わかればよろしい」と答えてはいけないのは当然です。こういう場合は「いいえ、大丈夫ですよ。過ぎたことですから」ですよね。

先の「ノービューティフル!」(つまり「いや、ウチのヤツはブスですから」が日本語)と謙遜した父親の言葉には、日本人なら「いいえ、そんなことないですよ〜」と答えるわけです。家族のひとりを「内輪の者」と考える相手の自己否定を「否定」するのです。

 

英語で褒められたらサンキューと満面の笑顔で

 

そんなわけで、あなたが英語で褒められたら、それが容姿であれ能率であれ技能であれ、必ずまず「サンキュー」です。否定してはいけません。「謙遜」は通じません。

相手が評価していることを否定するのは、英語では「謙遜」とは受け取られず、返って「賞も取っていて本当に上手なのになんでわざわざ違うと言うんだ」と不思議がられます。

そして、「ベジマイト*はお好きですか?」と訊かれたら「いいえ、食べたことがあるけど、あまり好きじゃありませんでした」とハッキリ答えましょう。「Not really…」ではあいまいで、「じゃ、食べられるんだね」になってしまいがちですから。

*注:ベジマイトは塩辛いペースト状で主にパンなどに塗って食べます。イギリスではマーマイトですね。オーストラリア人なら皆大好きな国民食ですが、日本人でダイスキだと言うひとはあまりいないようです。納豆をダイスキだと言う外国からのひとが少ないのと同じかもしれませんね。